いきいき

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2010年1月

2010年1月 6日 (水)

金峰山に登ってきました!

 新年あけましておめでとうございます。
1月1日、寒風吹きすさぶ奥秩父・金峰山の山頂に立ちました。その時間僅かに5分ほどだったでしょうか。金峰山小屋の気温はマイナス15度、山頂付近はそれなりのいい風が吹いていましたから耐寒温度はマイナス20度くらいだったと思います。生憎の曇り空で富士山どころか周りの景色も見えませんでしたが、元旦に雪山の山頂に立っているということだけで自分は十分に満足でしたが、参加された皆さんはどうだったですか?
大晦日から元旦にかけて山沿いは十分に注意が必要との天気予報が出ていましたが、自分には十分な勝算がありました。何故なら目的の山が奥秩父だったこと、小屋までのコースが樹林帯であったこと、暖かくて食事を提供してくれる山小屋があること。これは正月の雪山登山としてはとても好条件なのです。これが北アルプスだったら、たぶん予定を変更していたと思います。
でも、それにしてもその北アや南アなどで、なぜあんな悪天候の予報が出てきるのに無理して山頂を目指すのか理解に苦しみます・・・と思って新聞を見ていたら聖岳で遭難したご夫婦のコメントが出ていて「風が非常に強かった、悪天候の予報は聞いていたが、何とかなると思った・・・」ということのようですが、何とかならなかった、運よく救助されたということです。でもご本人が最後に言っていました「甘かった・・・」と。聖岳でさえそうなのだから、ましてや奥穂なんてどうして行ったのでしょうか。余程自信があったのでしょうか?
富士山で遭難した片山さんの場合は百歩譲って、冒険家だったということで、やっぱり行くのかなと思いましたが・・・。でも少なくとも山岳ガイドの太田だったら行ってないですよ。そして寺地山、これは山岳ガイドの山田哲哉さん率いるグループでしたが、豪雪地域の2,000mに満たないこんなマイナーな山を選ぶのはいかにも山田さんらしい気がしました。こちらは幸いヘリで救助されて本当に良かったです。実は山田さんは登山界では先輩でもう30年近く前に一緒に西丹沢の沢登りに行ったりしました。山田さんの名誉のために言っておきますが、彼は経験豊富で実力も知識もあるガイドです。当時も山田さんは某名門山岳会の所属で、太田はやる気だけはある若者が集まった無名の登攀クラブに所属していました。まあ、それでもその無名の登攀クラブのメンバーで、後日インドヒマラヤの7,000m峰の未踏ルートの初登攀を目指すことになるのですが・・・。話すと3日くらいかかりそうなので(笑)話しを戻します。
彼のパーティは29日に登山を開始したようなので、もしかしたら、年末に荒れるという予報を把握していなかったのでしょうか? 山頂付近とかで大雪に降られると戻るに戻れないという事態に陥ります。これが営業小屋なら燃料も食料もある程度は備蓄があるでしょうから、天候が回復してからヘリで救助してもらうという方法で無事生還の可能性が高いのですが、テントだと悪天候が続いてしまった場合に燃料・食料も限りがあり、かつ大雪でテントが潰れてしまうこともあり、そのまま疲労凍死につながる可能性が高まります。ゆえに数日に及ぶ雪山テント山行の場合は、天候の見極めが非常に重要になります。
さて金峰山ですが、その山頂にいたのは僅か5分ほどですが、そこで体験した記憶は永遠です。あの寒さや辛さも時が経てば素敵な体験として記憶に残るはずです。ゆえに元旦に金峰山のピークに立っていたということはとても重要なことなのです。な~んて少しカッコいいことを言ってしまいましたが、やっぱり自分はMだということが改めて確認できました。この冬も多くのM男くん、M子さんと雪山登山を満喫したいと思います。最後にもうひとつ、新年早々にカミングアウトしてしまうと実は太田はSもいけます(笑)。確かめてみたい人は、ぜひ太田と一緒に雪山に!

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