鷹取山

先日は雨の中、3点確保トレお疲れ様でした。それにしても16名の申込者のうちCXLが1名の方だけだったのは凄いです。皆さんの気合が伝わってきました。3点確保講習は岩登りための講習ではなく、尾根歩きや縦走路を安心して歩くためのトレーニングなので、雨天の練習もかなり意味があると思っています。この勢いでこの夏はぜひ、憧れのアルプスの岩山&日帰りでも涼しくて快適な沢登りを目指して下さい。ゆえに春からは日和田山3点確保、古賀志山&二子山などのアクティブプランを目標にされることをお勧めします。

では、皆さんで「気合だ、気合だ、気合だ~!」

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沖縄・久米島その2

久米島では楽天のキャンプも見学しましたが、お目当てのマ-君には会えませんでした。でも楽天の選手と同じホテルでした。
沖縄は暖かくて良いです。特に離島は本当に田舎で空気も良くて最高です。
また沖縄の違う島に行きたいと思いました!

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沖縄・久米島

久米島の海がめ館では浦島太郎がお出迎え。

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カニさんもお出迎え。

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沖縄・名護岳

この地のさくらはカンピ桜と言って中国からきたもののようです。もものような色で、花が下を向いているのが特色のようです。名護岳も変化があっていい山でした。

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金峰山に登ってきました!

 新年あけましておめでとうございます。
1月1日、寒風吹きすさぶ奥秩父・金峰山の山頂に立ちました。その時間僅かに5分ほどだったでしょうか。金峰山小屋の気温はマイナス15度、山頂付近はそれなりのいい風が吹いていましたから耐寒温度はマイナス20度くらいだったと思います。生憎の曇り空で富士山どころか周りの景色も見えませんでしたが、元旦に雪山の山頂に立っているということだけで自分は十分に満足でしたが、参加された皆さんはどうだったですか?
大晦日から元旦にかけて山沿いは十分に注意が必要との天気予報が出ていましたが、自分には十分な勝算がありました。何故なら目的の山が奥秩父だったこと、小屋までのコースが樹林帯であったこと、暖かくて食事を提供してくれる山小屋があること。これは正月の雪山登山としてはとても好条件なのです。これが北アルプスだったら、たぶん予定を変更していたと思います。
でも、それにしてもその北アや南アなどで、なぜあんな悪天候の予報が出てきるのに無理して山頂を目指すのか理解に苦しみます・・・と思って新聞を見ていたら聖岳で遭難したご夫婦のコメントが出ていて「風が非常に強かった、悪天候の予報は聞いていたが、何とかなると思った・・・」ということのようですが、何とかならなかった、運よく救助されたということです。でもご本人が最後に言っていました「甘かった・・・」と。聖岳でさえそうなのだから、ましてや奥穂なんてどうして行ったのでしょうか。余程自信があったのでしょうか?
富士山で遭難した片山さんの場合は百歩譲って、冒険家だったということで、やっぱり行くのかなと思いましたが・・・。でも少なくとも山岳ガイドの太田だったら行ってないですよ。そして寺地山、これは山岳ガイドの山田哲哉さん率いるグループでしたが、豪雪地域の2,000mに満たないこんなマイナーな山を選ぶのはいかにも山田さんらしい気がしました。こちらは幸いヘリで救助されて本当に良かったです。実は山田さんは登山界では先輩でもう30年近く前に一緒に西丹沢の沢登りに行ったりしました。山田さんの名誉のために言っておきますが、彼は経験豊富で実力も知識もあるガイドです。当時も山田さんは某名門山岳会の所属で、太田はやる気だけはある若者が集まった無名の登攀クラブに所属していました。まあ、それでもその無名の登攀クラブのメンバーで、後日インドヒマラヤの7,000m峰の未踏ルートの初登攀を目指すことになるのですが・・・。話すと3日くらいかかりそうなので(笑)話しを戻します。
彼のパーティは29日に登山を開始したようなので、もしかしたら、年末に荒れるという予報を把握していなかったのでしょうか? 山頂付近とかで大雪に降られると戻るに戻れないという事態に陥ります。これが営業小屋なら燃料も食料もある程度は備蓄があるでしょうから、天候が回復してからヘリで救助してもらうという方法で無事生還の可能性が高いのですが、テントだと悪天候が続いてしまった場合に燃料・食料も限りがあり、かつ大雪でテントが潰れてしまうこともあり、そのまま疲労凍死につながる可能性が高まります。ゆえに数日に及ぶ雪山テント山行の場合は、天候の見極めが非常に重要になります。
さて金峰山ですが、その山頂にいたのは僅か5分ほどですが、そこで体験した記憶は永遠です。あの寒さや辛さも時が経てば素敵な体験として記憶に残るはずです。ゆえに元旦に金峰山のピークに立っていたということはとても重要なことなのです。な~んて少しカッコいいことを言ってしまいましたが、やっぱり自分はMだということが改めて確認できました。この冬も多くのM男くん、M子さんと雪山登山を満喫したいと思います。最後にもうひとつ、新年早々にカミングアウトしてしまうと実は太田はSもいけます(笑)。確かめてみたい人は、ぜひ太田と一緒に雪山に!

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師走雑感

 09年も押し詰まったというのに仕事の山は増えることすらあっても減ることはなく、それでもマイペースを崩さない日々が続いています(笑)。

 お蔭様で忘年鍋山行は平日組、週末組ともに15名もの方々にご参加いただき、仕事納めのヨシキスポーツの谷川岳・天神平の日帰り雪上講習会は21名の方が雪まみれになりながら受講を楽しんでくれました。そして今年の歩きにすと倶楽部の雪上講習会は久々に富士山で開催しました。雪上講習会、通称雪訓(セックン)は自分世代の雪山登山者にとっては半ば儀式のようなものでした。しかも、これをやらねば雪山には行けないでしょうといった、重要な儀式なのです。それを19歳の時からもう30年もやってるわけですから、耐風姿勢も滑落停止もそりゃ~旨く出来る筈ですよね。でも、以前は11月下旬にやっていたんですよね。最近は12月でも富士山の雪訓は雪があるか心配なことが多く、時代の流れと温暖化の進行を感じてしまいます。

しかし、富士山の雪訓はいいですね。あの寒さと風とピリッとした緊張感は儀式としての神聖な気分を十分に味合わせてくれます。お蔭様で、この雪訓も参加者17名と盛況でそれに答えようと講師陣も太田の他に本チャンと豊田くんの3人体制としました。19(土)は本当に寒かったですけれど、その寒さも雪山を目指す登山者には貴重な体験になりますよね。20(日)は天候に恵まれ、気温もそこそこで皆さん一生懸命トレーニングに励んで下さり、いい講習会になったと思います。手前味噌ですが、30年もやっていれば雪訓での重要項目とその成果の見極めも上手に出来ようというものです。でも実はこの雪訓の前日にとても残念な事故が発生してしまいました。すでにマスコミ報道でご存知の通り、片山右京さんらのパーティが富士山で遭難しました。自分も昔に12月の富士山5合目でテントで寝ているときに体が浮くという体験をしています。富士山の6合目~7合目付近でテントが飛ばされてしまうのは特別なことではないのです。話しを戻します。片山右京さんとは面識がないのですが、実はあのときに遭難した宇佐美栄一さんとは登山ガイドとカメラマンとして何度か仕事をしていました。特に自分が山渓から出した著書「山歩きはじめの一歩(山選び)」のカメラの撮影は主に宇佐美さんが担当してくれました。とても元気で、礼儀正しく、仕事振りはまさにプロのカメラマンといった感じでした。

その後風の便りに、片山さんに見込まれて彼のマネージャーになったという話は聞いていました。業界の間では多くの人たちが、良かったじゃない!と祝福していたのですが・・・。そんなこともあり富士山に行く前は結構落ち込んでしまっていました。あれから少し時間がたち落ち着いて来た今、思うのは片山さんには一日でも早く立ち直っていただき、目標だった南極のビンソンマシフに挑戦して欲しいということ。それが富士山で遭難した二人の願いでもあると思うのです。

でも思えば、この年になるまでに多く友人や知人を山で亡くしていることに今さらながら驚かされます。中でも未だによく思い出すのは冒険家の河野兵市さんのことです。日本人として初めて北極点に単独徒歩で到達した稀有な冒険家との出会いは、共通の知人の紹介からもたらされました。  その後意気投合し、時折太田のSLとして山の仕事も手伝いに来てくれていました。彼の方が年上でしたが、冒険では適わなくとも山ではこちらが先輩ですから(笑)。そんな彼の北極行きは3,000万円という予算の壁に阻まれるかと思われましたが、ある出来事をきっかけに一発逆転。人生はやってみないと解らないということを思い知らされしました。太田「今のままじゃ無理だから一年延ばした方がいいんじゃない」河野「いや、絶対に今年行く」。それから数ヵ月後、テレ朝のニュースステーションを見ていたら司会の久米宏さんが「日本の冒険家が快挙です」というニュース原稿を読み上げました。そこに映し出されたのは見覚えのあるオッサンのボロボロになったひげ面の顔でした。「あ~、北極点に着いたんだ」と思ったのと同時にマスコミって凄いな~と思ったのです。だって関係者より先に、成功の情報をキャッチしているんですから。その後、少しは冒険家として名が知られた彼が次の冒険を発表しました。「北極点から故郷の愛媛まで人力で帰ります(徒歩・カヌー・チャリでの移動)」水道橋で行われたホテルの壮行会に呼ばれてノコノコ出かけた会場では、すでに彼とゆっくり話しをしている余裕はなく、ファンの若い女性達に囲まれた河野さんがやや困惑した表情を浮かべていました。その時の彼の表情はさまに「すまん!」という感じで思わず笑ってしまいました。その壮行会の前に吉祥寺の飲み屋で「旅の途中のどこかで太田さんも一緒に同行してよ」と言われていたので、ヨーロッパ辺りでチャリで2週間くらい一緒に旅をしようと思っていました・・・。その数ヶ月後、ニュースステーションで彼の訃報が告げられました。北極を徒歩で移動中にリード(氷の割れ目)に落ちた河野さんの死亡が確認されたとのニュースが報道されていました。その瞬間のことは今でもハッキリと覚えています。カラーテレビの画像が瞬時に自分の眼には白黒に変ったように見えたのです。旅立つ前に吉祥寺の飲み屋で彼が色紙を書いてくれました「夢、大切に!」。あの冒険は本当に自分がやりたかった夢なんですか?夢の途中であの世に旅立ったことに後悔していない・・・?彼に聞きたいことは沢山あります。今でも自分の夢に時折現れる彼がそのことに答えてくれることはもうありません。

09年、夏。戦後最大の山岳遭難事故が北海道のトムラウシ山で発生しました。でもそれと時を同じくして北海道の十勝岳でも遭難事故が発生したことを覚えていますか?筑波に本部を構えるオフィス・コンパスが企画した登山でした。つい先日、そのコンパスの代表を務める上鶴くんから手紙が届きました。太田昭彦様「大変ごぶさたしました。お元気にご活躍のことと存じます。又、本年は本当にご心配ご迷惑をおかけしました・・・」確かに心配はしたけれど、迷惑は掛けられていないぜ!でも、今こうして手紙をくれて活動が継続できていることに安心しました。上鶴くんも、そこに居るガイド達もとてもいい連中です。アミューズのトムラウシの事故も色々問題はあったと思いますが、そこに所属する自分が知るガイド達はとてもいいガイド達です。ひよっ子だと思っていた自分も、いつの間にか登山ガイド業界の中でベテランと呼ばれるようになり、そろそろ後輩達をリードしていかなければいけない立場になったのかな?と思います。 果たして自分に出来ることは何なのか?と考えたときに自分の経験を伝えることだと思いました。決して回りに流されない、登山ガイドとしての確固たる自信と哲学。その全ては古いといわれても頑なに登山の常識とされる部分を貫き、安全を最優先にすることを伝えることだろうと思っています。

 上鶴くんの手紙と前後して大先輩からのクリスマスカードが届きました。 送り主は田部井淳子さん、そのハガキの中で目を引いたのはインド・ジャガツクス(5332m)の山頂に立つ、田部井さんの姿でした。良さそうな山だな、自分も登ってみたいな。と思いました。しかしあの歳で(失礼)、本当に凄いおば様だな~と思いました。これくらい人生を楽しめればきっと悔いはないでしょうね。そして、そこに手書きで添えて下さったコメントは・・・非公開にしておきます(笑)。色々あった2009年。色々なこと思った12月。年男として過ごした一年も終わりを告げようとしています。丑年だけに「モウ~終わり、なんてね!」お後が宜しいようで・・・。

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12月6日(日)

伊豆大島上空付近からの富士山です。特に富士吉田側は雪がたっぷりです。雪訓が楽しみですね。

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12月5日(土)

45番札所に近い国民宿舎で、石鎚山鎚小屋に位置する白石ロッジのオヤジさんにばったり出会いました。缶コ--2缶お接待にいただきました。メチャ旨かったです。ありがとうございました!

200912051053000今治の海です。

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12月4日(金)

45番岩屋寺で白山神社をお参りする、行を体験して来ました。まづ山内の36童子に36枚のお札を納めます。山内のあちこちに童子がいらっしゃるのでこれがまた結構大変です。それが終わったらようやく入口の扉を開けることが許されます。写真の扉を開けて後ろの岩の狭い割れ目の中を登ります。
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綱を頼りに岩の割れ目の中を登ります。
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一度平坦地に出るのですがすぐに今度は鎖場が現れます。
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その後すぐに急な梯子となり、それを越えれば山頂です。
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山頂には白山妙理大菩薩の祠があるのですが、切り立っていてなおかつとても狭いので結構緊張します。
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山頂からの展開です。イヤー結構充実感のある行が体験出来ました。
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12月3日(木)

雨の日は心が落ち着く。
神様から今日は休んでいいよ、と言われているような気がするからだ。
朝日と共に目覚め、夕陽と共に眠る。晴れ日に働き雨の日には休む。確かにそれが自然だ。ならば今日は休もうかな、と思ったが運のいい事に自分の場合は遊びが仕事なので遊びに行くことにした。
外に出ると少しひんやりとしたけれど、かえって気持ちがよかった。おまけに雨の中を歩くとマイナスイオンがたっぷりでなんだか元気になったような気がする。だったら出かける方がいいよね。だって今日は仕事じゃなくて遊びなんだから。あれ、やっぱり仕事かな?
まあどっちでもいいや。迷ったら神様に聞いてみる。えっ、返事がない?それってやっぱりどっちでもいいってことだよね。じゃあ行ってきます!!
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